≪ きしゃかいけん | メイン | いわい ≫

2009年01月19日

のこすつたえる

金曜日、ある会社の余興の落語会で広島に行きまして。会場のセッティングが終わってまだまだ時間があるなぁと、控え室のホテルの一室から見えた原爆ドーム。同行の歌之助君と吉の丞君と行ってきました。丞は初めてらしい、私と歌さんは修学旅行以来。 次の日が阪神大震災から丸14年の1月17日。私はあの時神戸にいた、なのにどこか忘れてしまってるとこがある。けど忘れちゃいけない、いつまでも。そして広島で「決して忘れてはいけない」ことを黙って教えてくれている原爆ドーム。 あとの世代に残す伝えるってことを考えた、2日間。

投稿者 kichiya : 2009年01月19日 00:11

このエントリーのトラックバックURL:
http://here.there.jp/mt-tb_there.cgi/2741

コメント (17)

 吉弥さんこんばんは。
 原爆ドームには何年も前、暑い八月に行きました。衝撃を受けました。阪神淡路大震災も10年以上も経つなんて早過ぎます。東海大地震の予想地域にいる私は、今はのんきにしていますが、教訓にしなければとあらためて思います。平和で穏やかな毎日は、じっとしていては来ないのですね。”のこすつたえる”って、とてもすてきな響きで、大事なことを伝えてくださってうれしいです。青空がきれいです。

投稿者 元天女 : 2009年01月19日 01:36

吉弥さん  あんず♪です


原爆ドーム、東京生まれの私は…行ったことがありません。

修学旅行は、京都でした。

でも、大阪生まれの娘二人は、やはり修学旅行で行って来ました。


阪神大震災の時は、下の娘が生まれて22日めで…大阪にいました。

突然の激しい揺れで、とっさに上の娘に覆いかぶさっていました。

東京から手伝いに来ていた母は…ベビーベットに寝ていた下の娘の頭を手で覆ってくれて、娘は難を逃れました。

早く仕事に出るはずだった主人も、寝坊したおかげで難を逃れ…時間通りに出ていたら、
高速道路で…。


本当に、忘れてはいけない出来事です。

原爆も震災も…。

投稿者 あんず♪ : 2009年01月19日 01:52

吉弥さん、お疲れ様です広島でのお話しは、落語会のまくらで聴かせて頂きました。吉の丞君、どう感じはったんやろか?
私も、半壊の建物から助けられました。燃え上がる街の様子は、忘れられません助けられなかった、友や知人の手をとり、泣き明かしていました。あれから14年早いですね。
泣いて生きるも、笑って生きるも私の人生
笑って笑って、生きて行こうって、やっと思えるようになって来ました

吉弥さん、今日は朝から晩まで落語会ですね
表彰式もあるし、頑張ってくださいませ
ご一緒させて頂きますわ
お体気いつけて、おきばりやす。

投稿者 みどり : 2009年01月19日 06:55

辛い事は忘れたいけれど 伝えなければいけないのでしょう。
こうして思い出し反省したり 経験しなかった人にも知ってもらうことは大切なのでしょうね。

投稿者 souu : 2009年01月19日 06:59

吉弥サン、おはようございますm(__)m 自分は広島の原爆ドームに行ったことないです。 小学校の修学旅行は長崎の方でした。 最近思うんですけど、広島の時も長崎も、最近ニュースで取りあげられる時間少ないような…?阪神淡路大震災、アタシが高校生の時でした。 小学校時代の友人が神戸居ますから、学校行く前電話したこと思い出します。 大きな出来事に「風化」って言葉はないような気がしますが… それにしても原爆ドームは大きいですね。 夏になるとまた違うもの感じるのかもしれませんね…(-_-*)

投稿者 maxim : 2009年01月19日 07:48

吉弥さん おはようございます
今日は、お忙しい日ですね
広島へは 五年前までは仕事に、年二回行ってまして それもド-ムのそばが仕事場でした 懐かしい思い出です
Ⅰ7日の怖い 怖い思い出 いつあるかわからない 東海地震、何時あっても 不思議でない時 心の準備も 必要ですね好い警告のコ-ナですよ
何時もは忘れてるんですが
サァ今日は落語の-日頑張って行きますよ
吉弥さん も頑張って-日、私もよろしく

投稿者 風 子 : 2009年01月19日 07:48

そうですね。1月17日、僕は灘区の一王山町に、吉弥さんは徳井に居たんだよね。震災後、3月やろか?顔をみたときほっとしたのを思い出します。僕はいま東京で「KOBE」を間近に感じられない場所にいるけど。やっぱり忘れたらあかんねやと思います。吉弥さんのブログを読んで、そんあことを考えました。がんばってください。

投稿者 ひめじろう : 2009年01月19日 12:47

そうですね。1月17日、僕は灘区の一王山町に、吉弥さんは徳井に居たんだよね。震災後、3月やろか?顔をみたときほっとしたのを思い出します。僕はいま東京で「KOBE」を間近に感じられない場所にいるけど。やっぱり忘れたらあかんねやと思います。吉弥さんのブログを読んで、そんなことを考えまて、思わずコメントしました。がんばってください。

投稿者 ひめじろう : 2009年01月19日 12:47

吉弥さん、こんにちは。
残念ながら私も広島の原爆ドームは行ったことがありません。
震災も間近で体験したことがありません。
高校の修学旅行で長崎には行きました。資料館等を見学しましたが、とても衝撃的でした。
時が経つと歴史っていつの間にか風化していってしまいますよね。
今日の吉弥さんの日記で、平和であることがいかに幸せなことか、再認識できました。
こんな機会を与えてくれた吉弥さんに感謝です。

投稿者 博明 : 2009年01月19日 13:37

こんにちは。お元気でお仕事、なによりでございます。
阪神淡路大震災の年は中部地方に住む私にとっても記憶に残る年です。大好きな神戸製鋼ラグビー部が優勝を決めた二日後でした。こちらでも大きな揺れを感じました。NHKの宮田アナウンサーがニュースを伝え続けていた映像が鮮明に記憶の中にあります。職場のスタッフの中には友人を亡くした人もおります。今年は新聞もテレビも報道が少ないように感じました。
広島ですが、年末までアルゼンチンからの留学生が来ておりまして、何処に行きたい?と言ったところ”広島”涙がでそうになりました。京都と言わずに広島。彼女が放射線技師であるからかどうかわりません。でもあえて何も言わずに行って感じてくださいと話しました。うれしい出来事でしたので書かせていただきました。インフルエンザも流行しております。皆様、お体大切に。

投稿者 野良猫虎ちゃんの母 : 2009年01月19日 15:14

吉弥さん、こんにちわ。
「残す伝える」本当に大切だと思います。
私は当時、長田区の学校に通っていました。
震災一週間後に、自転車で西宮から長田まで行きました。
途中、家が倒れて道が無かったり、子どもの小さな靴が落ちていたり・・・
見慣れた長田の街は焼け野原。お世話になっていたパン屋さんも駄菓子屋さんもなくなっていました。

金曜日に小2の娘は、学校で震災の授業を受けてきました。
娘なりに地震の怖さや命の大切さを感じて帰って来たようです。
「今日が当たり前に終わる幸せを、大切にしていきたいね」と親子で話をしました。

投稿者 美季 : 2009年01月19日 15:52

14年前、京都から仲間たちと交通規制のかかる高速道路に乗って炊き出しのボランティアでシチューを作りに行ったことを毎年、思い出します。
吉弥兄いのように神戸にいた有名人が震災のことを発信し続けることは特別に大事やと思いました。

投稿者 徒然亭草歩 : 2009年01月19日 22:05

私も原爆ドーム見に行ったことがありません。震災も身近に感じずに過ごしてきました。なので吉弥さんや皆さんの言葉が衝撃的で。よい機会をありがとうございました。

青い空が原爆ドームの存在感を際立たせますね。

投稿者 コジコジ : 2009年01月19日 22:26

『のこすつたえる』
広島。神戸二日間を表す、とても深い言葉ですね。

原爆ドーム、中学の時に行きましたが、数年前に広島でコンサートがあった時ひとりで原爆ドーム、平和公園、史料館をまわりました。
原爆ドームはもの言わぬ姿で戦争の悲惨さを伝えていました。静かに流れる元安川には当時水をおびただしいご遺体が流れていたそうですね。
原爆ドームは写真にとるのも戸惑うほどの存在感でした。
平和公園の平和の灯のとこに座ると、その小さなアーチから泉、原爆ドームが一直線に続いていると、ボランティアガイドの方が言われていました。
ぜひ全世界の方に行って欲しい場所だと思いました。阪神淡路大震災も忘れては行けませんね。何気ない日常こそが幸せなことを。

投稿者 岡山のきょうちゃん : 2009年01月20日 06:08

吉弥さん、こんにちわ♪
「のこすつたえる」は心に深く響く言葉ですね。ワタシは関東に住んでいますので、阪神大震災はテレビでのものしかありません。画面で見ていた限りですが、当時はしばらく唖然呆然といるだけでした。いつ、こっちもそうなるかわからないし、忘れてはならないことなんだと思いました。
広島の原爆ドームは、十数年前に仕事で広島へ行き、タクシーの中から見ました。なんだか…衝撃を受けた記憶があります。なぜ、こんなことにならなくちゃいけなかったんだろうって考えさせられました。しかし、人間たるもの…しばらくすると記憶から薄れていってしまうんですよねー。吉弥さんのおっしゃるとおり、「のこすつたえる」ですよね。。。

投稿者 はっすィ : 2009年01月21日 12:02

リュックの中に絵本いっぱい詰めて復旧した電車を乗り継ぎ乗り継ぎして神戸市内の小学校にボランティアに行きました。
避難所になってた校内は廊下も階段も布団や毛布が置かれ 体育館には迷路のようにダンボールで仕切りがありました。生活に終われて余裕ない親をみて落ち着かない子ども達と「遊ぶ」ボランティアでした。
14年前を思い出しています。あの時そばに寄ってきて絵本読むのを聞いてくれた子ども達 みんな幸せになっていて欲しいと祈っています。

投稿者 じゃこたいたん : 2009年01月21日 14:57

吉弥さんこんにちは。
広島での落語会お疲れ様でした。
僕は生まれ育った広島に現在住んでおります。
14年前当時は大学生で、東灘区におり、震災を経験しました。

毎年8月6日や1月17日が来るたび、原爆や大震災は、年に数回しか思い出されないくらいに、人々の記憶の中で風化してしまってることに気づかされます。ましてやそれ以上に、県外では多くはホントに他人事のようですね。

僕は数年前、震災の体験談を地域で伝えてみないかという話が出たときに、「いえいえ僕の経験なんて・・・」てな感じで煙に捲いた事がありますが、最近になって反省して、広島に震災の体験者は少ないから、極力伝えていこうと思いはじめてます。

吉弥さんが今回ヒロシマでお感じになられた「残す、伝える」は、吉弥さんのように、全国で多くの方々にお話を伝えられるような方の、天命(とはちょっと重いですけど)かもですよ。

頑張ってください。


投稿者 広島助 : 2009年01月24日 11:26

コメントしてください





「投稿」をクリックしてから書き込み完了まで多少時間がかかります。
また、環境によってはタイムアウトが出ることがありますが、
書き込みは完了しています。「投稿」の二度押しは絶対にしないで下さい。

【迷惑コメントについて】
このサイトのそれぞれのエントリーに無関係な内容、他サイトへ誘導するためのリンク、
存在しないメールアドレス、フリーメールアドレス、不適切なURLなどの
記述がコメントに含まれている場合、
自動削除される可能性があります。